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2007年02月 アーカイブ



私と教会生活/南里 久美子

 あらためて数えてみると、洗礼を受けてから30年が経とうとしています。
しかし、教会生活はその間のほんの数年しかありません。

 受洗後、下宿しながら短大へ通ったため、
教会員としての役割も責任も果たせないまま、2年間が過ぎてしまいました。
その後、名古屋・川崎と居住地も変わり、
それと共に教会へ足を運ぶ事もなくなってしまったのです。

旧約聖書はページを開く事もなく、新約聖書も、
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書をせいぜい読んだだけの生活でした。
おそらく、ベサニーキリスト教会と出会わなかったら、どうなっていたか想像出来ません。
意を決して、洗礼を受けた故郷の教会に、
「ベサニーキリスト教会へ転会したいのですが」
と電話をかけると信仰を持ち続けていた事を本当に喜んでもらえました。

 教会へ行かなくても聖書は読める。
信仰生活も送る事は出来ると、数年前まで考えていました。
これまで、色々な考え、思想を持つ人と出会い、
早起き会・ものみの塔と家にいれば、チャイムが鳴り、
「参加してみませんか」の誘いに心をかたくなに閉ざしていたのかもしれません。

 それが、教会で聖書からのメッセージを聞く機会が増え、少しずつ変わっていきました。
辛い事も、心配事も、全て肩の力を抜いて主に委ねたら良い、
そう思った時、生き方が変えられました。

 神様はずっと私を待ち続けて下さいました。
そしてまた、多くの人の祈りに支えられ、
今「ベサニーキリスト教会が私の教会です。」と言えるようになりました。

 30年間のうち、教会生活はほんの数年しか送っていません。
そんな私のこれまでの生き方全ての事を知って、
受け入れ癒して下さるお方がいる。
それを感じた時、本当に平安が与えられました。

 年を重ねると言う事は、多くの重荷を背負っていく事かもしれません。
それでも、感謝し、常に主の御名を呼び求めて生きていきたいと思います。

 共に祈りあえる、教会員の方々と一緒にこのベサニーキリスト教会で・・・・・・。

神様の大きな力と愛/陳 英華

人の一生はとても短いものです。
その短い一生の中で、一人一人苦しい事や辛い事、楽しい事を経験します。
私は17歳の時、将来に対する夢で一杯でした。
我がままで自己中心的で、自信に満ち溢れていました。
自分で何でも出来ると思っていました。
他人の事など目に入りませんでした。
その時は分からないものですが、こういう時が一番危険です。

 イエス様の福音を始めて知った時、すぐに信じ受け入れました。
しかし、少し時間がたつと、神様から離れてしまいました。
その間に、いろいろな事があり、2年間その状態が続きました。

 苦しい事や恥ずかしい事を経験して、そんな自分に絶望し、落ち込み、
自分の力でそこから抜け出そうとして努力をしても出来ませんでした。
その時初めて自分の力では何も出来ない事を知りました。
自信がなくなりました。
全ての夢も消え去りました。
人生の終わりに来たような気持でした。
しかし、人が終わりだと思った時、神様にとってそれは始まりなのです。
イエス様は最初から、一度も私を見放しませんでした。
慈しみ深い父なる神様は、私が帰って来るのをずっと待っていて下さいました。
神様の大きな愛の中で、私は本当の自分を見つけました。
その時心からイエス様を信じました。

ある祈りの集会の時の事です。初めて神様のみわざを見ました。
ある40代くらいの婦人は、イエス様を信じる前、霊媒師をしていました。
しかし、イエス様を信じた時、家にあった全ての偶像を捨てました。
この集会の時、皆が順番に祈っていました。
この婦人の番が来た時、彼女は突然、変な声を出して笑い始めました。
その様子を50代くらいの女性が見て、悪霊の仕業である事を見抜き、
「イエス・キリストの御名によって命じます。悪霊よ、出て行きなさい!」と祈りました。
すると、その人は倒れて息を荒くして、本人の声ではない変な声で、
「私はここに来ても意味がない。もう一度捨てた偶像を家に戻しなさい。」と言いました。
その時、私はその夫人の側にいました。こんな事を見たのは初めてで、とても驚きました。
どうすればいいのか全然分かりませんでした。
私は、神様の助けが必要だと思いました。
そして皆で心を一つにして、その人のためにイエスの御名によって祈りました。
しばらくすると、その婦人は正気に戻りましたが、
先ほどまでの事は全く覚えていませんでした。
何が起こったのか、全然分からない様子でした。
もし、イエス様が共にいて下さらなければ、
私達は何も出来ない事が、この事を通して分かりました。
また、神様の力が、どれほど凄いのかが良く分かりました。
それまでは、神様の力を聞いているだけでしたが、実際にこの目で見たのです。
私は、感謝せずにはいられませんでした
。主の御名を褒め称えずにはいられませんでした。
この全ての栄光を、天のお父様にお返しします。

 毎日の生活の中で、主の愛と力、優しさと憐れみ、
平安と喜びがいつも共にある事を感じています。
 もしあなたが、主イエス様の福音を聞いた事があるなら、どうぞ受け入れて下さい。
何故なら、主イエス様はあなたに代わって、十字架にかかりました。
主イエス・キリストを信じる事は命であり、真理であり、永遠の命への道だからです。

ディボーションの恵み/サンデ・レイコ 姉

「ピピピピ・・・・」目覚し時計の朝を告げる音。
「今日も、主が造られた一日。私はこの日を喜ぼう。」
と起きる事が出来たなら、素晴らしいのですが、
数ヶ月前の私は、まるで大根かゴボウを土の中から引きずり出すようにして、
おきあがる日々が続いていました。
「私はクリスチャンなのに・・・・、まして教職を手伝う者なのに。」
そんな焦りの一方で、心を占領する虚しさに、
自分ではどうする事も出来ませんでした。
私のような者は、生きていてはいけないとさえ思えて来るのです。
そのような中で、私を支え、その一日を喜びを持って過ごす事が出来たきっかけは、
ディボーション(個人礼拝)を持つ事でした。
とりあえず、虚しさをそのまま受け入れ、朝、とにかく机の前に座り、
聖書を開きディボーションのガイドブックを開くのです。
「天のお父様、御子なるイエス様、ご聖霊様、三位一体の神様・・・・」
と主のご臨在を宣言します。

この主なる神様に向かって呼びかける言葉は、本当に大切だと思います。
全ての権威を持っていらっしゃる方の前に立つ事が出来る特権の凄さを、
この宣言は思わせてくれます。
ちっぽけで貧しい私が、
聖なる聖なる万軍の主の前に立っているイメージが頭の中に浮かびます。
すると、朝からの虚しさが徐々に消えて行くのです。
「神様が知っていて下さるのだから、全てが大丈夫なのだ。」
と平安になってくるのです。
全てが嬉しくなって来るのです。

私は今、「幸いな人」と「リビングライフ」
というディボーションのガイドブックを使って、礼拝しています。
二冊も使うと一時間から一時間半の時間を必要とします。
着替えもせず、チャンチャンコを着て座っていますので、
時々「掃除、洗濯、アレコレ・・・・」と焦ってくる時もありますが、
それらの思いをエイッと向こうに押しやって、
私にとって宝であるディボーションをする事を選び取ります。
家族の事、教会員の事、友人の事、塾の生徒の事・・・・と、
あまりにも祈る事が多いため、一週間のうちで、
グループに分けてノートに名前を書き記しお祈りしています。
すると、主は不思議な方法で祈りに答えて下さるのです。
その朝、深く主から示されて祈った人から、突然電話があったり、
ばったり買い物先で出会ったり、
ご本人が教会をひょっこり訪れて下さったりといった事がしばしばありました。
もちろん、長い間祈っても祈っても答えが与えられない祈りもたくさんあります。
しかし、主に何かのお考えがあるのだと思い、尋ね続けています。
そして、主を礼拝する事、否、礼拝させて頂く特権がある事の素晴らしさを思います。

「あなたのみことばは、私の上あごに何と甘い事でしょう。
蜜よりも、私の口に甘いのです。」
詩篇119・103

愛もなく、失敗ばかりする私のような貧しいものを生かし、
愛し、待っていて下さる主の御名を崇めます。

「主は羊飼い、私には何も欠ける事がない。
主は私を青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、
魂を生き返らせて下さる。」
詩篇23:1

主に信頼することの幸い/小林 妙子 姉

心を尽くして主により頼め。自分の悟りに頼るな。
あなたの行くところどこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
箴言3:5〜6

 この聖句には、私達が神様に期待されている進行の歩みの姿が書かれています。
つまり、「心を尽くして主により頼め。」「自分の悟りに頼るな。」
そして、「どこにおいても主を認めよ。」の三つが勧められています。
そうすれば、「主はあなたの道をまっすぐにされる。」という
本当に幸いな祝福が約束されています。

 しかし、教会も、クリスチャンも、この地上にあって未完成のものです。
絶えずサタンと戦い、その都度、主の助けを頂き、失敗しては
悔い改め、また失敗しては悔い改めるのが、私達の歩みだと思うのです。

 私達が完成するのは、主が再臨され、新しい天地が到来する時なのです。
この世に問題のない教会やクリスチャンは存在しませんが、
それに勝利させ、すべてを益に変えて下さる、十字架の赦し・力・解決があると信じます。
様々な問題提起はありますが、それを乗り越えた時、必ず、主の御業が現れるのです。

 大切な事は、主は私達を日々、新しく創造して下さる方であると言う事なのです。
すぐに目に見える変化はなくても、忍耐を持って、主に信頼する事の幸いを
十分に味わいたいものだと思います。

この世でたった一人の天才/大東 章男 兄

 坂本龍一氏の奏でるメロディー「エナジーフロー」が
今般オリコンの一位に輝いています。
人の疲れを癒す曲を作って欲しいと言う依頼に、見事に答えた作品ですね。
聞いていると、確かに、疲れが取れるような気がするのだから、
作った彼は、まさしく天才であるかも知れません。

 「天才」私は少々、この言葉にこだわります。
「天才」・・・・天から与えられた才能、天国からの才能つまり、
神様から与えられた才能と言う風に考えられますね。

 ある人が、神様から特別に与えられた賜物ではないでしょうか。
時には画家であったり、作家であったり、また映画監督であったり、
いろんな分野に、それを与えられた天才たちがおられます。
彼らは人を感動させたり、熱くさせたりしてくれるのです。
やはり、天(神様)から才能を特別に与えられた人は凄い。
つまり神様って、凄い。
私達、普通の人を通してでも、感動を与えて下さいます。

 さて、しかし、その天才達にも出来ない事があります。
それは、私達を罪から救うと言う事です。罪を赦すと言う事です。
私達は普段の生活で、人に嘘をついたり、人を傷つけたり、
あるいは本当に法的に犯罪を犯す事もあるかも知れません。

 私は正しく生きている、清い人間だと思っている方はいらっしゃいませんか。
もし、いらっしゃるなら、それは一体、誰が正しいと決めたのか、お考え下さい。
あなたの周りの友達ですか?
それとも、家族ですか?
いずれにしろ、正しさの基準もバラバラですし、そんな権限もありません。
まして、自分自身が、勝手に正しいと決めている、なんていうのは論外でしょう。

 嘘をついて、罪の意識に駆られた事はないでしょうか?
苦しみ悩むほど、人を傷つけた事はないでしょうか?
よく考えてみて下さい。自分の中の罪の事を。
そして、もし、それに気づいたなら、それを赦して下さる方、
そこから救い出して下さる方を、捜し求めて下さい。
行き着く所は一つしかありません。
それは、私たち人間を創造された方、
そして、私達が生きて行く上で、正しい、正しくないを決められる方、
つまり父なる神様の所です。

そして私達の罪のために、その罪を全部背負って、
十字架にかかって下さった父なる神の子、イエス・キリストの所です。

 イエス様は、私達を感動させたり、熱くさせたり、
生きる勇気を与えて下さるだけでなく、私達の罪を赦し、
罪から救い出して下さる事の出来る、この世でたったお一人の天才なのです。

 私達の教会、ベサニーキリスト教会へどうぞお出で下さい。
そして、神様の愛に触れてみて下さい。
このページをご覧になっておられるあなたのお出でをお待ちしています。

  あなたも神様の愛に触れてみて下さい。

TVニュース”生き方を変えた男たち”を見て/山崎 千恵子姉

 先日、元暴走族の青年が神学生になったドキュメント番組を見ました。
彼は少年院の中でクリスチャンになる事を考えました。
それは、昔から「愛されたい」「ちやほやされたい」
という思いで悪い事をし愛され続けるには、
一生涯悪い事をし続けなければいけない事に空しさを感じていたからでした。

 その彼は、「今までの自分の存在で、仲間の人生をも悪い方に変えてしまった。
人を刺したり、シンナーを吸わせたり、多くの罪深いことをして来た。
だから、これからは人一倍『ええ事』をしたいと思った。
牧師になって、『イエス様に愛されているんや』と皆に伝えたい。」と言って、
神学校に通っています。

 そんな彼の昔の仲間は、
「今まで大阪一の『悪』やった人間が、真面目になれた事は凄い!」
と話していました。
「あなたも、真面目になろうとは思わないの?」
と言う質問に対し昔の仲間は
「今まで自分の生きてきた道がこれだから。変わりたくても変われない。」
と答えていました。
その言葉が、私の胸に突き刺さりました。
私も、変わりたくても変われなかったからです。

 私は、非行少女ではなかったのですが、
人に迷惑をかけたり、傷つける事に罪意識を持たない少女でした。
高校では、友達の信用を失い、教会へ来ました。
苦い思いをして、それでも懲りずに失敗する私にイエス様は
「失敗するところも含めて、あなたを愛しているよ。」
と心に語ってくれました。
いろいろと辛い事もありましたが、そんな出来事や、
暖かい人達との出会いを通して神様は人を思いやる事の大切さを教えてくれました。
そして、少しづつ人の痛みが解る様になって来ました。

 今、私を本当に理解してくれる友達が周りにいます。
人は一人では変われません。
でも、イエス様の愛を知った時、愛のある人に変えられていきます。
これからも、イエス様の愛の中で生き、愛のある人に変えられていきたいです。
だから私は、教会に通っています。


   『誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。』
   聖書の中のイエスキリストの言葉。

神様の愛と優しさと恵みを世界中の人々に知らせたい/陳 迎春 姉

 私は五年前、中国から来ました26歳の主婦です。
神様の愛と優しさを体験した事がいっぱいあります。

 二ヶ月前のある日の朝、
私の五歳になる子供が突然片方の足がとても痛くて、
歩く事が出来なくなりました。
どうしてこんなことが起こったのだろう
子供は何もしていないのに、おかしいと思いました。
でも、神様が共にいて下さる事を信じていますからとにかく信仰を持って、
神様の御前で自分の心配している事と助けて下さる事を祈りました。
その後は何も心配する事もなく、足が治るのを待っていました。

 二日後の朝、子供が目を覚まして、
「ママ、足が治ったよ。ぜんぜん痛くない!」と言いました。
本当に信じられませんでした。
その時、神様の愛と優しさが良く解りました。
神様を賛美しました。
 感謝と感動の気持ちを毎日持っています。

 神様は私達のお医者様である事が解りました。
ほかにも、どんな困った事でも神様に助けてもらっています。

 神様の愛と優しさと恵みを、世界中の人々に知らせたいです。
もし、あなたが今、このページをご覧になっておられましたらあなたの心の中で、
神様があなたの名を呼んでいるかも知れません。
もし、あなたがいろいろな事で困っていましたら、
そして神様の声が聞こえましたら、
神様の愛と優しさを体験なさるためにどうぞ、
神様の家、ベサニーキリスト教会へぜひ、お越し下さい。

登山クラブ

kongo0220.jpg
ほとんどの場合、金剛山に上ります。
教会からワゴン車でふもとまで行きます。
登山口にはおいしい手作りの豆腐や豆乳が売っていて、
登るときに注文して帰りにもらって帰ったり・・・。
ぜひ一緒に上りませんか?

イングリッシュバイブル(婦人)クラブ

中学の教科書から文法も学びながら日常会話の練習をします。
英語で聖書の言葉を読み込みます。
前回のレッスンでは "Amazing Grace" を一緒に歌いました。
終わったらコーヒーを飲みながら楽しいお話のひと時も持ちます。
50代の主婦の方々が中心となっていますが若い方々も大歓迎です!

ベサニ—の歴史

ベサニ—の創立者はT.A.Hegreでした。(1908〜1984)
ベサニ—には五つの部所があります。
ベサニ—教会 Bethany Missionary Church
Hegre先生の始めた家庭集会から教会が生まれました。
初めの礼拝は1943年に開かれました。
16人の会員で始めました。
そのときの牧師はT.A.Hegreでした。
場所は米国のミネソタ州のミネアポリス市でした。

ベサニ—教会の教えの特徴

より深く神様を知ること。
清い生活(Ⅰペテロ1:16,Ⅰテサロニケ4:3)
十字架の力(ガラテヤ2:20,ローマ6:6)
聖霊の力(使徒1:8)
全世界にキリストの福音をひろげること。(マタイ28:18〜20)

その時(会員23名)教会は一つの目標を神様から受けました。
100人の宣教師を送り出す事でした。(1975年に達成)

ベサニ—・フェローシップ/Bethany Fellowship

1945年にベサニ—・フェローシップができました。
ベサニ−教会の会員の5家族がこのフェローシップを始めました。
この5家族は自分達の家と車を売って、共同生活を始めました。
その目的は、より深く神様を知る事と、全世界にキリストの福音をひろげる事でした。
現在、約100名ぐらいのメンバーがいます。

宣教師訓練学校・聖書学校・大学/Bethany College of Missions

1948年にベサニ−宣教師訓練学校ができました
12人の生徒で始まりました。
現在、約250人の生徒がいます。

信仰書の出版社/Bethany House Publishers

早くからベサニ−は信仰書の出版と印刷に力を入れていました。
今は世界中の本屋さんにベサニ−の本が置いてあります。
日本では出版の働きをしていません。
日本語のベサニ−の本は「いのちのことば社」が出版しています。

福音伝道団体 ベサニ−・フェローシップ・ミッション/Bethany Fellowship Missions

1963年にベサニ−・フェローシップ・ミッションができました。
まずブラジルに宣教師を送りました。
続けて、他の国々にも送るようになりました。
現在、約130人の宣教師が、約30のベサニ−のセンターで活動しています。

日本のベサニ−の働き

1980年にベサニ−の日本での働きが始まりました。
目的は関西での開拓伝道と教会作りでした。
現在、二つの教会があります。

ベサニー(ベタニア)とは

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ベサニー(ベタニア)はエルサレムに近い村の名前です。
イエスキリストがよく訪ねられた場所です。
いつもイエスキリストが私達と共にいて下さり、
人々が集まる時にいつでもイエスキリストと
出会う事が出来るようにという願いを込めてベサニ−と名付けました。

日本での初めの礼拝は1980年の10月5日に開かれました。
その時、会員はまだいなくて、開拓伝道の時でした。
始めての洗礼式は1983年のクリスマスでした。
始めての役員会を開いたのは1984年の7月29日でした。

アッパールーム(家庭集会)

夏季キャンプ

特別講演会

イースター礼拝

洗礼式

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賛美夕拝

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クリスマス礼拝

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No Snow in February

A group of 6 of us from Bethany Church climbed Mt. Kongo last Monday but there was no snow at all! It was just like spring. I wonder what it will be like in March. I am looking forward to our next Tozan Club climb in March. I hope to see you all then. Paul Sunde

A Message From The Pastor; Paul Sunde

"In the beginning God created the heavens and the earth." Genesis 1:1

These are the first words of the Bible. Believing just this one sentence will change your life. Everything that you see around you did not come to be by chance but was created by God. You yourself are not here by chance but have been created by God. You were born with a purpose and your life is in the hands of a wonderful Loving God.

Here at Bethany Christian Church we believe this with all of our heart. Please join with us on Sundays as we open the Bible to find out more about God and His plans for us. During the week we also meet to pray together, talk together, and study the Bible together. Our goal is always to learn more about God and His love for us and how we should live our lives together with Him.

Please feel free to join us at any time. You are always welcome. We are all looking forward to meeting you and getting to know you.

牧師からのメッセージ ベサニーキリスト教会牧師 ポール・サンデ

初めに、神が天と地を創造した。 創世記 1章 1節

これが聖書の書き出しです。 この言葉を信じるだけで、あなたの人生が変わります。あなたの身の回りの物はただ偶然に存在するのではなく、神様によって創られた物なのです。もちろんあなた自身も偶然存在するのでは無く、やはり神様によって創られたのです。確かな目的の為にあなたは生まれ、そして素晴らしい愛に満ちた神様の手の中にあなたの人生が存在します。

ここベサニーキリスト教会では、この事を心から信じています。是非私たちと一緒に日曜日に聖書を開き、神様が備えられた私達一人ひとりへの計画を見つけてみませんか。一週間を通して、一緒に祈ったり、お話したり、聖書の勉強をしています。私たちが求めるのは、より神様を知り、神様がどれ程までに私たちを愛して下さっているかを理解し、またどの様にして神様と一緒に素晴らしい人生を歩むか、と言う事です。

何時でも自由にご参加下さい。あなたを心から歓迎します。お会いし、お知り合いになれる事を一同心からお待ちしています。

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