ベサニー・キリスト教会

大阪府堺市のはずれにある、泉北ニュータウンのそのまたはずれにある村の小さな教会。
でもそこに一歩踏み入れたら暖かい家庭的な雰囲気にあなたの心もなごむことでしょう。
聖書の中にある、一世紀当時の教会の姿がここにはあります。
まだ一度も教会に行ったことのない方、以前教会に行っていたけど今は行っていない方、どなたでもどうぞご遠慮なくお出で下さい。


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A Quote by Bill Hybels

I really believe that anyone who bears the name of Jesus Christ has a calling, whether they're a pastor or a layperson. We must all surender ourselves fully and make ourselves completely available to God. We must all ask, "What's my mission, God? Where do you want me to serve? What role would you have me play in your grand kingdom drama?"

Pages 185-186 "Courageous Leadership" by Bill Hybels

  2008年10月16日16:56  | コメント (0) | トラックバック (0)
(幸いな人)から

 以下、昨日のディボーションガイド「幸いな人」からの抜粋です。

 知り合いが自分の救われたきっかけを話してくれました。
 「私が学生だった頃、科学の授業で先生がキリスト教を批判しました。
 先生は聖書はおとぎ話のようなものであり、神などいないと言い切りました。
 そして『君達は賢いので、そんなバカな事を信じないだろう』と言ったのです。
 すると、私のななめ前に座っていたある生徒が手を挙げて、『僕は信じて
 います』と言いました。
 先生は彼を馬鹿にし、色々な質問を投げかけましたが、彼は恐れることなく 
 自分が信じている神様について、はっきりと話しました。
 先生はとても不機嫌になり、『もし神が存在するなら、この試験管を落とした時
 神はそれらを割らないようにすることができるのか?』と尋ねました。
 シーンと静まりかえった教室の中で、『もし神様が願っているのなら出来ます』と
 答えました。
 先生が『なら落としてみるぞ』と言うと、彼は『まず祈らせてください』と言って
 声を出して祈り始めました。『神様、あなたが願っておられるのでしたら、
 あれが割れないようにしてください』
 祈り終わると、みんなが見ている中、先生はその試験管を軽く上に投げました。
 すると、試験管はゆっくりと回りながら先生の靴の上に落ち、割れることはなかった
 のです。
 その出来事を目の当たりにした私は、すべてを従わせ、試験管を割らないように
 さえできるこの神様は本物だと思い、教会に通うっようになり、救われたのです。」


 先日4人の日本人にノーベル章が授与されました。素晴らしいことです。
 けれども神様を認めない賞にどれ程の価値があるのでしょうか・・。
          
                                            RS

  2008年10月10日04:00  | コメント (1) | トラックバック (0)
English Service

English service at the Bethany Christ Church

On Sunday the 12th of October from 4:00pm, we will be hosting our English serivice. It is an informal get together, praising and worshipping the Lord with our brothers, sisters, and frineds. The service is conducted in English, with Japanese interpretation, so no one would be feeling left alone. Please come and join us. We also enjoy chatting over coffee and cookies afterward the service. See you there!


ベサニーキリスト教会 英語集会
10月12日(日)の午後4時から英語集会を行います。兄弟・姉妹・友達と共に、リラックスした雰囲気で賛美と礼拝をおこないます。集会は英語で行いますが、もちろん日本語の通訳も付きますので、どなたが参加して頂いても大丈夫。是非ご参加ください。集会後のコーヒータイムでおしゃべりするのも楽しみの一つです。お待ちしています。

  2008年10月06日03:52  | コメント (0) | トラックバック (0)
試練と恵み

8月の末、自転車で走行中、遊歩道のポールにぶつかり右足親指骨折というアクシデントに見まわれました。
今回が初めての怪我ではなく、2年前にも自転車での左手親指靭帯断裂の怪我を体験し、それから遡ること2年前(2003年)
には乳癌の手術と2年おきの災難続きに見まわれましたが、今回の骨折は前回体験した試練より何倍も深い痛みを体験しました。
まさしく骨折に伴う身体の痛みだけでなく、何度もこの身に起こる試練に今回はさらに霊的な痛みが加わりました。
神様がとても遠くに感じられ、私の存在も否定的になり悲愴感に苛まれました。でも神様は弱った信仰も心も体も全てご存知でした。
神様は今まで以上に祈りの機会を与えようと導いておられるようでもっと近づきなさいと語られているようでした。何度も体験した試練の中にあっても癒しがありました。大きな禍からも遠ざけてくださる主の御臨在があります事ももう一度
今回の怪我を通して神様の憐れみと信仰の油そそぎを頂きました。またたくさんの「気づき」も頂きました。
詩篇77 10~12 そのとき私は言った。「私の弱いのはいと高き方の右の手が変わったことによる。」
私は主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいをわざを思い起こそう。
私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。

この御言葉に平安と力を頂き、さらにこの御言葉に大きな慰めを頂ました。

コリントⅡ12 9 しかし、主は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたし
の力は弱さのうちに現れるからです。

ご報告が遅くなりました。ハレルヤと喜びをお知らせします。

9月26日、ギブスが外れました。4週間でギブスが取れるとは思ってもみなかlった経緯にまさにハレルヤと感謝を叫びました。
主の癒しの御業はそればかりではなく骨折して1週間めからももう現れました。特に1週間~2週間は骨折した部位は
ずれ易いとのことでしたがそれも全て守られました。
主の癒しの導きは人知をはるかに越え、試練の中をはるかに越えた主の恵みがあり、信仰の歩みを確かなものへと
導き共にいて下さる主の栄光があります。


この骨折に際して,多くの癒しと執り成しのお祈りを捧げてくださいました事心から感謝申し上げます

                                   YH
 

 

  2008年09月27日07:50  | コメント (0) | トラックバック (0)
すばらしい証し

mckさんのみ言葉に裏付けられた証し、感動しました!ありがとう! クリスチャンにとって神様に語られる事ほど感謝な事はありませんね。「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについてきます。ヨハネの福音書10:27」 今日もイエス様のお声に従って歩いていけますように。

Reiko

  2008年09月23日11:07  | コメント (0) | トラックバック (0)
キリスト者として

キリスト者として

わたしが救いを経験した時の感動は衝撃的でした。
心にずっとポッカリとあいた場所があってその場所は
何にも埋める事は出来ませんでした。
物、出来事、家族…
なんで?なんで?わからん?
わたしの何が悪いの?
教会に通い出したある日。
家で掃除機をかけてたら涙がボロボロ出てきました。

マタイ27:46
三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバタクニ」と
叫ばれた。
これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったの
ですか」という意味である。

その時この、みことばが飛び込んで来ました。
神さま。ありがとう。
イエスさま。こんな私の為に。ごめんなさい。
神さまの愛を心から感謝した瞬間でした。

ヨハネ3:16
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。

その時から、この感動を家族、友人、先輩、後輩。
みんなに経験して欲しい!
その一心でした。

箴言19:2
熱心だけで知識のないのはよくない。
急ぎ足の者はつまづく。

あらゆる所であらゆる人に神さまの話しをしてました。

箴言16:2-3
人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。
しかし主は人のたましいの値うちをはかられる。
あなたのしようとすることを主にゆだねよ。
そうすれば、あなたの計画はゆるがない。

神さまの事を知って欲しいと言う自分の欲だった様に思います。
本当に1人でも多くの人に神さまを知って欲しい。
その思いは変わらないけど私の思いではなく神さまのみこころを
伝える事が出来る者となりたいと願います。

テモテ2:1
そこで、まず初めに、このことを勧めます。
すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのた
めに願い祈り、
とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。

祈りながら過ごす事を出来る自分でありたいと願います。
そして神さまの事を安全な環境で思える立場に。
教会、周りの人、家族を与えて下さった事を感謝します。

どうか、この気持ちを忘れないようにと願います。


mck

  2008年09月23日04:58  | コメント (0) | トラックバック (0)
A Quote by A.W. Tozer

Let no one apologize for the powerful emphasis Christianity lays upon the doctrine of the world to come. Right there lies its immense superiority to everything else within the whole sphere of human thought or experience....We do well to think of the long tomorrow.

A.W. Tozer

  2008年09月22日02:29  | コメント (0) | トラックバック (0)
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